彼女がかわいいと思う瞬間

私には去年からお付き合いさせてもらっている彼女がいます。なんで付き合ったのかというとそれは彼女のことをかわいいと思ったからであり、「一緒にいたい」「一緒にいると落ち着く」「一緒にいて楽しい」など理由は無限に挙げることができますが、それらの理由は結局「彼女がかわいい」ということに起因しています。

 

 

現在同棲していて毎日顔を合わせ、同じ釜の飯を食い、ひとつ屋根の下で夜を共にします。私は常に「彼女がかわいい」ということを認識していますが、その状態からさらにひとつ上の段階の”かわいい”に出くわすことがあります。

 

その”かわいい”という衝撃を受けたときの私の状況はというと、脳内でドーパミンが火山が噴火した時の溶岩の如く流れ出し、セロトニンがダイナマイトの如く爆発し、よだれを垂らし、まさに「今自分はお花畑にいるんだ」と錯覚するほど。

 

その状態の私を見た彼女が「キモい」と冷静な一言を放つことで”かわいい”の魔法から解け、現実に引き戻される。

 

自分をまるでトランス状態までにする彼女のかわいさはおそるべきもので、その”かわいい”と私が思う瞬間を紹介したいと思います。

 

彼女と目があったとき

私は「相手の目を見て話せ」と教育されてきたので、人と話す時は自動的に相手の目を見てしまいます。しかしずっと見ていると「なんか怖い」と思われていまうことがわかってからは、ちょいちょい目をそらすようにしています。

 

さて、普段会話をしていて相手と目があって、キュンとしたりとか、好きになってしまいそうとか、ドキドキするとか、ましてやトランス状態に陥ることはありえません。私にとって会話中相手と目があうことは息をするのに等しいぐらい当たり前のことなのです。息をしていたらキュンとするって、しないですよね。

 

しかし好きな相手、彼女となると話はまったく別になります。自分の今まで培ってきた経験は無視され、法則は乱れる。

 

彼女「今日の夜ごはんどうしよっか」

 

私「うーんそうだねぇ」チラッ

 

ふと目をやると、こっちを見ている彼女と目があう。

 

あああああぁぁぁぁぁぁあああっぁあっぁああああああああぁぁあああああああ!!!!!!!

 

 

in the trance ___

 

好きな人と目があってしまった。なんてかわいいのだろう。呼吸ができない。

 

こんなにかわいい生物が地球上に存在しただろうか。

 

 

私は静寂に包まれた。私はどこにいるのだろう。どこか懐かしい感覚だ。胎児が羊水に包まれていいるような、、母なる大地、ガイアと一体化したのだろうか?宇宙。宇宙を感じる。自我が芽生えてからというもの、実際に宇宙に行ったことはない。

 

おそらくこれは私がこの地上に降り立つ以前、意識だけが宇宙を旅していた時の感覚が、彼女と目があい、”かわいい”に支配されることで、呼び起こされたのだと思う。

 

私は宇宙にいる。

 

 

彼女が「どうしたの、顔だいぶキモいよ」冷静な一言を放ったとき、トランス状態は解けた。

 

トランス状態が解けたとき、私は焦った。そうだ、夕飯どうしようかと聞かれていたのだ。
もう長い間宇宙を旅していたのだ。もう夕飯の時間なんてすぎてしまっているだろう。

 

 

私はあわてて「ご飯もう食べちゃった?」ととっさに聞いた。
すると「は?何言ってんの?」と言わんばかりの顔をして困惑している。

 

 

 

「今夕飯何にするか考えてんじゃん」

 

 

 

”今考えている”

 

 

そこで時計を確認するとどうやらまったく時間は経っていない。「今日の夕飯どうしよっか」の会話が何時何分かは把握していないが、彼女の反応から察するに、おそらく数秒しか経っていない。

 

 

私は無限の彼方を旅してきたというのに___

 

 

そのとき私の頭に稲妻が落ちた。

 

これが特殊相対性理論というやつか____

 

アインシュタインは言った。「速く動くものほど、時間はゆっくり流れる」

 

私は彼女の”一瞬”を長い間旅をしてきた。

 

 

さてもう年末ですがみなさまいかがお過ごしでしょうか。
私は彼女がバイトに行ってしまっているので家で一人パソコンとにらめっこをしています。

 

どこかで特殊相対性理論をふとみかけて思いつき書きました。
もう夕方です。なにをやっているんでしょう。

今日の夕飯を考えなければ。

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