「〜してあげる」とかいう言葉 ちょっとした一言が相手を不快にさせるかも?

私は昔からどうも「してあげる」「してあげた」という言葉が好きになれません。
どうしてもその言い回しからは、上から目線であったり、どこか傲慢のようなものを感じ取ってしまうのです。

 

私はしてあげる、してあげよっか、といった表現は使わないようにしています。
場面によっては「してあげる」という表現が適切である場合もあるような気もしますが、もやもやしてしまうので、だったら一切使わないようにしてしまった方が精神的にラクだろう、と考えることをやめてしまいました。

 

こんなことを気にして考えてしまうのは、私のプライドが高いからか、対等な立場を好む性格からきているのかもしれません。
また一方的な善意に嫌気が差してしまうのでしょう。

 

「してあげるね」と言われたら、あまのじゃくな私は「じゃあいいよ」と手を振り断りたくなります。(私にはそんな勇気はなく、結局ありがとうとお礼を言ってしまうでしょう。)

 

「してあげる」というような言い方に必要性を感じません。
「あげる」がなくて何か困ることがあるでしょうか。
もちろん相手に上から目線や傲慢といった気持ちは全くなく、悪気のない、なんとなく言ってしまったに過ぎない、というのも了解していますので、現実に相手にそのように言われたところで、「今の言い方はなんだ」などと怒ることはありません。
とは言うものの、やはりその言い方自体が苦手なので、ピクッと反応してしまいます。

 

立場や関係によってどう受け止め方が変わるのか

「〜してあげる」、という言葉は多くの人がなんの気なしに使いますので、様々な関係の相手に言われます。
後輩や部下といった、目下の人に言われた記憶はありません。万が一自分が使うにしても上司に「〜してあげますね」というのは明らかに失礼なことと受け止められると直感的に思うので、まず目上の人には使いません。

 

「してあげる」という言葉が生活の中で出てくるのは、主に家族、友人、恋人、仕事の上司や先輩が多いと思われます。
そこで、それぞれの人たちが、同じ言葉を自分に向けてこう言ったらどうでしょうか。

 

「水買ってきてあげるよ」

 

皆さんはどう感じたでしょうか。
特になんとも思わない、という人が多いと思います。
私は「あげる」という言い方が気になりながらも、「ありがとう」と返答することでしょう。

 

ではこういう状況ではどうでしょうか。
自分が高熱を出して布団で寝込んでおり、身動きが一切取れずにウンウン唸っている。
そこで恋人が「今から水持ってきてあげるね」と言ったとしましょう。

高熱で「あげる」が気にくわないどうのなど考えている元気はないですが、おそらく私は素直に感謝することでしょう。
ここでは私が「相手の貴重な時間を自分の看病のために割いてもらっている」からであるからです。

ここからわかるのは、私は状況によって不快に感じたり、何も思わなくなったりするようです。
私には不可能で、相手にしかできないことをしてもらう場合は、むしろ「してあげる」という言葉が適切に思えてきます。
私がどうしても!と相手に何かを頼んで相手がしぶしぶ受諾する場合も、「してあげる」が適切です。

結局は自分のしてほしいことをしてもらえば、さほど不快に思わないようです。(自分勝手、自己中心的である、、)
しかし一方的な善意や傲慢さを感じ取ってしまうとたちまち不快に感じてしまうことでしょう。

 

ちょっとした一言に気を配ってみよう

何気ない一言が相手を不快にさせてしまうかもしれません。
何もした覚えはないのに、急に相手の機嫌が悪くなってしまった、、なんてことは誰しも一度は経験しているのではないでしょうか。
ちょっとした一言や言い回しで相手が自分の思う以上に傷ついたり、不快に思うことがあります。

人の数だけ価値観が存在するので、衝突を完璧に避けるのは不可能ですが、一言一言に気を配ってみてはどうかと思うのです。

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